「安宅コレクション」に呪縛されて・・・その1

ここ暫く「安宅コレクション」に呪縛されている。
きっかけは数週間前、十数年ぶりに書棚の隅から取り出した立原正秋氏の小説からだった。
それから安宅コレクションの経緯と安宅英一氏に関する本を数冊読んだ。時おなじくして安宅コレクションを母体として創設した東洋陶磁美術館で開催されている陶磁器展「国宝 飛青磁花生と国宝 油滴天目茶碗‐伝世の名品-」を知ったのだった。
開館30周年記念企画展というなんともプレミアムな冠がついていた。
美術館の所在地は大阪。私の暮らす街からは500キロほど離れていた。
ここが呪縛と思うところだが、私は二三日考えたすえ、500キロを車で走り見に行くことに決めた。七八時間のドライブである。
陶磁器展はタイトルどおり国宝二点をメインにした企画展だった。
私はこの館の初代館長の伊藤郁太郎氏(旧安宅産業美術品室長)が著した「美の猟犬―安宅コレクション余聞」を参考書として持参、一点一点丁寧に見て行った。
特集展も併せると200展近くはあっただろうか。
正直陶磁器はさっぱり分からないが、現物を前に添えてある解説と伊藤氏の本で大変楽しむことが出来た。
伊藤氏の本は、自分の経験と思い合わせ共感を憶えるものがあった。私はある時期(勝手に)師と仰ぐある人物から骨董のほんのさわりを手ほどきされたことがあった。
付き人の様にというよりは勝手に後をついて回っていたのだが、時々青山辺りの骨董古美術店にお伴をして師匠の様子をただただ眺めていた。
美術館にもよくお伴したが、やはりただ観るだけ。時より単語を投げかけられたが、こちらが力不足で思案すると「ほっほっ」といって笑っていた。

陶磁器展の方だが、やはり感じるものが多く得られた。直に手に取れないのは残念だが、とても良い目のこやしになった。500キロを訪ねてきたかいがあったものである。
立原正秋氏が愛でた「青磁陽刻 牡丹蓮花文 鶴首瓶」などは写真だけでは分からなかったが首が右に捩れているだけではなく、やや手前に傾いてもいた。
なんとも艶のある姿態に思えた。

つづく