読書

最近読んだ本。
今村夏子「こちらあみ子」、日高義樹「世界の変化を知らない日本人 アメリカは日本をどう見ているのか」、立花隆臨死体験<上>」、古賀茂明「日本中枢の崩壊」、本箱(未だ書棚がない)から引っ張り出したのが、川端康成「掌の小説」、山田風太郎「忍法女郎屋戦争」「婆娑羅」、J・P・トゥーサン(野崎歓・訳)「浴室」など。
読書はいつも二三冊同時に読み進める乱読タイプなので、手のとどく所に本を置いておき常にぺらぺら読んでます。一種の中毒かもしれません。仕事で書籍のカバーや著者の撮影もあるためジャンルが広がっていく傾向にはあります。

今村夏子「こちらあみ子」は某出版社の編集者の方に教えていただき読みました。これは2010太宰治賞を受賞した著者のデビュー作です。この時は「あたらしい娘」というタイトルでした。のちに単行本に出版される際、タイトルを「こちらあみ子」にかえたそうです。感覚的に感じさせる小説というのでしょうか。物語を読み進めながら主人公を感じとるようなところが強く惹かれました。面白かったです。
日高義樹氏のテレビ番組「日高義樹レポート」はとても興味深い番組なので、今回は本屋で手に取ってみました。はじめはアメリカに暮らす日本人から見た日本感かな・・・と思い読み進めました。ずいぶんかたよっているなと言う感じ。後半にはいり真意が読み取れました。今回古賀茂明氏の「日本中枢の崩壊」とあわせて読んだのはある意味正解だったかも。どちらも日本国の生きる道を説くもので、危機感を煽られますね。もし日本がこの世界から淘汰されたら流浪の民として世界中に散らばりジプシーの様にまたはユダヤの民の様に生きて行くのだろうかと想像してしまいました。古賀氏の「政府閉鎖」という言葉印象に残りました。
川端康成の「掌の小説」はいつ読んでも感動させられます。この言葉の美しさはなんなんでしょうか。現代日本語の頂点はここじゃないかと思います。言葉は時代とともに変わって行くと言いますが。この日本語は生きた言葉として残って欲しいですね。