美容室にいく

起きがけに鏡をみて、髪を切ろうと思いたった。
今は耳を覆い隠す長髪で天然のウエーブと生え際に白髪が目立ほどはえている。
美容室の椅子に落ち着くまで、実はどういう髪型にしたいのか深く考えていなかった。
美容師の男の子に「今日はどうしますか?」と訊かれ、初めて考えあぐねた・・・はて、どうしたものか・・・
思い起こすと僕の人生で気に入って満足をした髪型で過ごした記憶はあまりない。もちろんその都度似合っているものと思って暮らしていたが、どこかで昔の写真を見ると”よくこんな髪型をしたものだ”と恥ずかしさを通り越して不愉快にもなる。
小学生の僕は自分の強い意志で好きな髪型をしていた。その頃TVに映っていたフィンガー5のアキラくんに憧れ肩までとどく長髪だった。多くの同級生は親の好みに、坊ちゃんカットや坊主頭にしていた時代にだ・・・
肩まで長い髪は当時の男の子としてはタブーに近いものだったので、僕はずいぶんと目立っていたと思う。
そうした個性丸出しの髪型は中学生になるのと同時に終わりを告げた。僕の暮らした土地では、中学生の男子は全員五分刈りと決まっていたのだ。
高校に入ると周りは皆リーゼントかパンチパーマだったが、天の邪鬼の僕はもみあげをスパっと切り落としたテクノカットにした。自分でも似合っていないと思ったが、なぜかそうした。
その後もいまでいうビジュアル系のような髪もしたが、ある時からまったく容姿に興味を失ってしまった。
バックパックの旅が原因だった。
今でもヒッピーの様な感覚は残っている。基本髪には整髪料はつけない。洗った髪は簡単に手櫛を使って乾かすだけだった。
髪は自然に馴染んでいればそれでいいと思う。
美容師の彼は鏡越しにこちらを見ている・・・はて、どうしたものか?
「とりあえず、僕に似合った髪で・・・」
彼は途方に暮れた顔を僕に見せる。
「じゃ、そこにあるヘアカタの雑誌を見せて下さい」
僕はパラパラとめくったページの一つ写真を見付けて指をさした・・・
僕は基本、美容師はクリエイターだと思っているから、美容師の感覚と腕を信用するようにしている。
僕の顔にのった頭が、他人から見て変に出来る筈はないと信じているからだ。
数十分後、鏡に映った僕は”いったいどこのおばさんだろう?”という容姿に仕上がっていた・・・
またしても満足のいく髪型は得られなかった。